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福岡地方裁判所 昭和61年(ワ)842号 判決 1992年12月15日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

幸田雅弘

小島肇

被告

乙川春子

被告

医療法人S会

代表者理事

丙沢太郎

右訴訟代理人弁護士

三浦啓作

奥田邦夫

主文

一  被告医療法人S会は原告に対して、金八六八万円及びこれに対する昭和五八年四月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告医療法人S会に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告乙川春子に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告医療法人S会との間に生じた分は、これを五分し、その四を原告の、その余を同被告の各負担とし、原告と被告乙川春子との間に生じた分は全て原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、連帯して金四〇五〇万円及びこれに対する昭和五八年四月一三日(不法行為の終了した日の翌日)から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払え。(仮執行宣言)

第二事案の概要

原告は、精神病でも精神病質者でもないのに、その妻の被告からは、故意に、精神衛生法(昭和六二年法律第九八号による精神保健法に改正前のもの。以下単に「精神衛生法」又は「法」という)三三条の措置(同意)入院の形で被告医療法人S会(以下、「被告医療法人」という。)の病院に一一か月間入院させられたとし、被告医療法人からは、十分な調査もしないまま精神病と速断して強制入院させられたとして、被告らに対して、右入院によって被った損害の賠償を求めた事案である。

一当事者間に争いのない事実及び証拠(<書証番号略>、証人N、原告及び被告乙川本人―第一、二回)上明白な事実

1  原告(昭和一四年六月一五日生)と被告乙川春子とは、昭和四三年五月に見合い結婚して二子をもうけた夫婦であったが、昭和五八年七月一八日協議離婚をした。

2  原告は、洋書の輸入販売会社の福岡営業所に勤務していたが、昭和四九年ころ、株式会社甲野商事を設立して独立し、自宅敷地内に事務所をおいて洋書関係の営業を営んでいた。その後中国拳法の武道具等の輸入販売をするようになって右事業も一応軌道に乗り、昭和五七年度で一億円に近い年商があってそれなりの収益を揚げていた。

3  被告乙川は、昭和五七年四月下旬ころから、原告の行動が奇異であると感じるようになり、精神病ではとの疑いで被告医療法人経営の丙沢病院(以下「被告病院」という。)を訪ね、同病院の勤務医N医師に相談をした。被告乙川が同医師に対して、後記のとおりスリッパなどを冷蔵庫に入れたなど原告の奇異な言動を種々揚げて説明したところ、同医師は、原告が精神分裂病であると診断し、三年間程度入院治療が必要と説明した。その結果、同被告は、原告を同意入院(精神衛生法三三条)させる決意をした。

4  その入院措置は、被告病院の指定により同年五月五日午後七時過ぎ、N医師が看護士三名を同行して原告方に車で赴き、原告を搬送、収容して実施された。法三三条の同意入院に要する保護義務者の同意書は、翌六日、被告乙川から提出された。

5  原告の入院後、N医師がその主治医として原告の診療に当たり、昭和五七年一〇月末ころO医師に交替した。

6  右入院について、被告乙川は、原告の父母、兄弟には全く内緒にし、入院期間中のそれら親族からの問い合わせには、渡米していて数か月を要するなど虚偽の事実を述べて糊塗していた。しかし、原告の入院の事実は、間もなく原告の親族らが知るところとなり、被告病院は、原告の実妹甲野夏子から抗議を受け始めるに至って、昭和五八年四月一二日、原告を退院させた。

7  原告は、退院後大阪の実家に行って暫く療養した後、同年五月福岡に戻り前記事業に復帰し、同年六月には原告の入院期間中原告に代って事業を経営していた同被告から引き継ぎを受けた。

8  原告は、右事業引き継ぎ後、被告乙川の会社資金の運用や経理等に不正があったとして帳簿の点検などをし、一〇〇〇万円を越える使途不明金があったなどと問題にし、そのため同被告と紛糾した。

9  原告と被告乙川は、昭和五八年七月一七日協議離婚に至ったが、その際、原告の妹及び被告乙川の兄を各立会人として「離婚協議書」(<書証番号略>)を作成した。その内容は次のとおりである。

「離婚及び子の監護ならびに財産分与に関し、左の合意をした。

(一) (子らの親権者を被告乙川とし)、原告は、子らの養育監護費に充当するため、被告乙川が所有する所持金、物品その他一切の債権、財産に対し、離婚後金銭その他何等の請求をしない。

(二) 被告乙川は原告に対して、財産分与を初めとして一切の債権債務及び金銭上その他何等の請求をしない。

(三) 原告は被告乙川に対して、離婚後の生活に支障をきたす一切の債権債務及び金銭上その他何等の請求、行動、不法行為をしない。」

二争点

(被告医療法人関係)

1 被告医療法人(被告病院)の不法行為―入院措置についての過失の有無

(原告の主張)

法三三条による保護義務者の同意による入院は、精神障害者にとって強制入院に等しく人権侵害を伴うものであるから、右入院措置をするについて、被告医療法人には慎重にこれを行うべき職務上の注意義務があるところ、同被告には次のとおりの義務違背がある。

(一) 精神衛生法三三条の手続を遵守すべき義務を怠った違法

同法条は、「精神障害」の診断及び入院の必要性の認定をする主体を精神病院の「管理者」と定めている。しかるに、本件において、原告の精神障害について直接診察・診断したのは被告病院の勤務医N医師であり、被告病院の管理者丙沢太郎にはその結果等何ら報告もされないまま、診断及び入院措置がとられたもので、この手続が同法条を逸脱したものであることは明らかである。

(二) 精神障害の有無、程度、入院の必要性の判断をするについての情報収集義務を怠り、その判断を誤った違法

原告は入院当時、精神的に健常人であり、ただ、鑑定の結果では、性格的な偏り(人格障害)の可能性が大きいと指摘されたにとどまる。人格障害の実態は、従来の古典的な精神分裂病の症状に比較して精神障害が軽度であり、その診察・診断に注意を要するのみならず、その治療も開放的処遇に適していて、精神病院の閉鎖病棟への入院の必要性に直結するものではない。従って、原告の精神障害の有無・程度を判断するに当たり、被告病院は充分慎重に診察・診断する必要があった。

しかも本件は、精神障害者としての原告の入院要請が保護義務者である被告乙川自身からされたケースであったから、精神障害の有無・程度及び入院の必要性の判断に当たっては、同被告からの事情聴取だけでなく、原告本人、その血族、知人等からも事情を聴取するなどして、右判断に必要な情報を偏りなく充分に収集し、適正な判断を行うよう努めるべき注意義務があった。

しかるに、N医師は、わずか二時間余り被告乙川から事情聴取したのみで、しかも、同被告が原告の精神病の兆候として述べたてた各事実ついては、原告にも言い分があり弁解可能な言動であったし、同被告の説明だけで精神障害を判断することは誤診を導く可能性があったのに、右の各事実について何ら検証をすることなく盲信し、当時精神的に健常者であった原告やその親族等から事情を聞くなどして判断の適正を確保する努力を怠って、原告を明白な精神分裂症であると即刻診断し、同意入院の必要性も認定して同意入院の措置をとった過失がある。

(三) インフォームド・コンセント(自由な同意)の理念に反する入院措置に関する違法行為

精神障害者の治療と診断には、患者に納得の行く形と言葉で、十分かつ理解できる情報を適宜開示した後の「自由な同意」を形成することが、人権保障、治療効果、良好な予後の準備等をもたらすものである。

同意入院は、入院治療により効果が期待されているのに、患者がその精神障害のために正当に認識する能力がないためにとられる入院手続である。従って、同意能力を欠くとの判断は極めて厳格にされねばならず、かつ必要にして十分な情報の元にされねばならない。原告の入院措置をしたN医師は、自発的入院を説得することは不可能に近いとの独断にとらわれ、原告の同意能力を検討する気もなく、被告乙川の言を軽信して、当初から強制入院をさせる目的で原告方に赴き、原告に対して精神科医師であることを秘し、治療・診断・予後等について一切説明することもなく、採血と偽って眠らせて被告病院に搬送・入院させた。

右のN医師ひいては被告病院の行為は、原告の「自由な同意」に関する権利を無視した人権侵害の行為である。

(被告医療法人の主張)

(一) 原告の主張(一)(法三三条の「管理者」に関する主張)について

法三三条は入院の要否の判断は精神病院の管理者の責任において行うと定めてはいるが、その前提となる精神障害者か否かの診察・診断自体は、ことの性質上専門の精神科医であれば足り、必ずしも「管理者」でなければならないことはない。

(二) 原告の主張(二)(情報収集の懈怠)について

(1) 被告乙川は、夫である原告の異常行動に悩み、数人の医師に相談したところいずれも精神分裂病であろうとの説明を受け、被告病院での治療を勧められて被告病院を訪ねてきた。

N医師が原告の症状等を二時間以上にわたり事情聴取したところ、同被告は原告の異常行動を列挙した。右異常行動は精神分裂病に特有の顕著な症状であり、特に自動車をバックで牽引させた事実は原告の妻被告乙川に対する妄想によるもので妄想型分裂病にみられる顕著な症状であったから、同医師はその旨の診断をした。経験ある専門医であれば、誰しもが明白に精神分裂病と判断したはずである。

被告乙川のN医師に対する説明も真実味があり、体系的な分裂病の様子を話したもので、素人が専門家に対して到底捏造し、作文することの不可能な内容のものであったので、同医師は、同被告の陳述が虚偽ではなく、同被告を十分に信頼できる人柄との印象を持った。

(2) また、N医師が被告乙川の懇願に応じ原告方に入院措置のために赴いた際、原告の反応は非常に疎通性がなく拒絶的であったし、話をしていて分裂病らしさを感じた。また、原告が何の反論もせず緘黙し取っ付き難い態度を示し、途中血相が変わり、同医師は原告の攻撃的な短絡的な反応が起こるのではと予測させる態度を示すなど、精神分裂病特有の状況がみられた。

(3) 以上の情報により、N医師は原告を精神分裂病と診断し、入院措置が必要であるとの判断のもとにその措置を取ったものである。従って、同医師には原告主張のような落度はない。

(三) 原告の主張三(インフォームド・コンセント)について

法は本人の同意なくして強制的に入院させることができる制度として同意入院を許容している。患者が本人の同意を求められる症状にあれば「自由な同意」による入院も可能であるが、精神分裂病者は病識がないので、入院のための説得をすることは不可能である。原告の場合、N医師は、配偶者被告乙川からの事情聴取及び往診の結果から原告が精神分裂病であると確信し、その「自由な同意」を求められる症状にないと判断したので同意入院によったもので、その措置に違法はない。

(被告乙川関係)

2 被告乙川の責任の有無

(原告の主張)

被告乙川は、原告との夫婦関係における些細なトラブルから生じた原告の行動を、ことさら原告の精神病的兆候であるかのように装って、原告が精神病でも精神病質者でもなく、入院の必要もないことを知りながら、その情を秘し、故意に、法三三条の措置(同意)入院の形で強制的に原告を長期入院させた。

3 離婚協議書によって、原告が被告乙川に対して有する一切の債権等請求権の不行使の合意をしたこと(被告乙川の仮定抗弁)について

(一) 原告には入院中の薬物服用に基づく後遺症による判断能力減退があって、意思のない状態で右合意がされたものとして無効であるか

(二) 右合意は、原告に、その入院中同被告が原告や会社の財産を勝手に処分したことを知らずにした錯誤があって、無効であるか

第三本件同意入院の経緯等について

前記第二で認定の事実及び証拠(<書証番号略>、証人N、原告、被告乙川―第一、二回、鑑定)によれば、次の事実を認めることができる。

一入院前の経緯及びN医師の診断等

1  原告は、本来無口で、仕事上の付き合いと唯一の趣味である碁仲間との付き合い以外、他人との付合いはほとんどなく(鑑定時の心理テスト結果では、社会性が未熟、感情の冷たさが指摘されている。)、周囲では変人でとおっていた。入院する一〇年前ころ、被告乙川に対して「お前を愛してもいない。子供は俺の子ではない。」などと口にしていた。

2  入院する数年前から不眠症に悩まされ、そのために毎晩飲酒したり、精神安定剤を常用していた(原告は、不眠症は輸入品の買入のため度々渡航するので、その影響によるものと供述している。)。

3  原告は、若い頃米軍基地内で勤務した際に英会話を覚え、これを生かして貿易業界に入り、後に独立して始めた中国拳法の武道具等の輸入販売などの事業も順調で、自宅等資産も作り、十分貯蓄できるほどの利益を計上していた。被告乙川は、主婦専業から保険外務員を三年ほど勤めた後、原告の右事業の経理等を手伝っていた。

4  被告乙川は、入院四年前位から、前記のとおり原告に奇異な行動が目立つと感じ出し、また、入院直前ころには、原告の従業員からも原告が会社内でウロウロするなど変な行動をする、最近少しおかしいのではと言われたことなどから、原告の精神状態を疑うようになった。

この点につき、原告は、本件入院中、被告病院の医師に「入院数か月前は、事業上のことでイライラした状態にあり、妻の被告乙川に当たり散らして、夫婦仲が非常に悪かった。」との状況認識を述べている。

5  そこで、被告乙川は、いつも自宅に出入りする知人の元看護婦Tに相談したところ、精神科医に是非相談するように勧められた。そこで知人の紹介で被告医療法人経営の他の病院を訪れて、同院長に原告の具体的言動を話して相談したところ、精神分裂病ではと言われて被告病院のN医師の診断を受けるよう紹介された。その際、同医師が三〇年以上国立病院の精神科勤務をした経験のある信頼できる医師である旨教えられた。

6  そこで、被告乙川は、昭和五七年四月下旬、被告病院にN医師を訪れ、同医師に原告の奇異な言動として具体的事実を挙げて相談をした。その際、被告乙川が述べた具体的事実として被告病院の診療日誌(<書証番号略>)に記入されたのは次のとおりの事実であった。

「 四年前からおかしいと気付いたがとして、①玄関に沢山靴を並べた。②靴、スリッパ、ビニール袋などを冷蔵庫に入れた。③生活費をあまり呉れないのに、本人が買うものはまともなものは買ってこない。④貿易業をしているが、数字的に辻褄の合わないことをし、わけの分らないことを言い、商品の価格も次々に変えるため、対外的にも人に知られるところとなってきた。⑤不眠症であり、電気を灯けていないと眠れぬ。⑥妻に襲われるという被害念慮。⑦公文書に落書きをした。⑧会社の中をウロウロする。⑨小さな事に気付くが、大きな事に抜けている。⑩自分だけが正しいという頑固さがある。⑪四年間、朝一〇時より早く起きたことがない。⑫被告乙川が原告の自動車にいたずらしたと、自宅までの三キロを(車を)バックで帰れと命じた。⑬五年間、精神安定剤を服用してきた。⑭子供の足に火をつけた。」

N医師は、右のほか原告の血縁者の精神状況など、二時間余り被告乙川から事情聴取した後、直ちに原告を明白な精神分裂病と診断した。

7  N医師は、同日即刻、被告乙川に対して右診断結果を告げると共に、「入院しかない。この病気は全快は無理であるが三年ほど入院すれば快くなり、退院後は社会復帰できて平穏な生活が送れる。」旨述べて、入院の必要を説いた。

被告乙川は、N医師の右の言葉に従うことにし、同医師に全てをお願いする旨述べて被告病院を退去した。

8  しかし、被告乙川は、もしかして別の病気かもしれないとの思いから、その帰途、同行してくれたTの紹介により別の病院に立ち寄り、そこの医師(脳神経外科)に同様に事情説明をしたところ、N医師の言うとおりで間違いないので指示に従った方がよいとの助言を得た。

9  更に、被告乙川は、その翌日、原告が精神安定剤などの処方を受けるなど長年掛かりつけていた近所の医師にも、精神分裂病ではなくて精神安定剤の副作用ではないかとの相談をしに行ったが、同医師からは、同剤はむしろ抑制作用があるものと聞かされた。

被告乙川は、以上の経過により、結局N医師の勧めに従い、原告を入院させる決意をするに至った。

二入院措置等について

1  N医師は、原告の入院が必要と判断した理由について、原告が、夜あまり寝ず、家の周囲を行ったり来たりし、わけの分からない独り言をいってる状態にあったこと、三年ほど入院すれば、根治は出来ないがある程度快くなり、平和な生活に戻れること、往診や来診は、原告の症状やN医師の多忙な状況から無理であること、などを証言で挙げている。

2  また、同医師は、同意入院の手続によった理由につき、同意入院に格別の慎重さが要求されることは承知していたが、精神分裂病の場合、患者は了解不能な言動があって一般人と異なるロジックを持っているし、本人に病識がないので説得するなどは不可能であり、物理的説得しかない旨証言している。

3  そうして、N医師は、被告乙川から「入院させたいが私の力ではどうにもならない。原告は薬も拒絶するし、もし意図を悟られたら自分がどうされるか分からない。原告は被害者的考えを持ち、私がすることを敏感にとって、却って裏腹な結果になる。私が原告を被告病院に連れて行くことなど不可能である。」と聞かされ、手が空いた時に原告方へ入院措置をとりに赴く旨返事をした。

4  よって、N医師は、前記のとおり、昭和五七年五月五日夕方、原告が暴れた時を慮って看護士三名を連れ、原告の入院措置をとるため原告方に赴いた。被告乙川は、同日夕刻、予めTと打ち合わせをして同女に持参させたビールを原告に飲ませながら待機していたところ、午後七時過ぎ、N医師が到着した。同医師は原告に対して、医者だが胃が悪いと聞いたので往診に来たと話しかけたうえ、検査のための採血だといってイソゾール(麻酔剤)0.25グラムを静注して原告の行動を抑制し、原告には一切説明をしないまま、待機中の看護士を呼んで原告を自動車に乗せて被告病院へ搬送、入院させた。

5  N医師は、その際の原告の状況について、「非常に疎通性がなく拒絶的であり、通常人であれば何故来たのかなどと反論してくるのに、原告は何の反論もせず緘黙し取っ付き難い態度を示し、精神分裂病らしさ(プレコクス・ゲフュール)を感じた。途中、眠れるか、心配事はないかなどと質問しているうち、原告の血相が変わり、攻撃的、短絡的反応が起こるのではと心配した。」旨証言している。また、同医師の陳述書(<書証番号略>)には、「原告が血相を変えたが、この様な場合、無理をするとトラブルを生じ器物破損、その他の短絡行動に出られることが多いため、折角来たのだから血液検査だけはさせてくれとなだめて、イソゾールを静注麻酔し車に運んだ。」との記載がされている。

第四争点に対する判断

一争点1の(一)(精神衛生法三三条―管理者による診察・診断及び入院の必要性の判断に関する定め―を遵守しなかった違法)について

法は、精神障害者の入院に関して、精神病院の「管理者」に一定の権限を付与すると共に、その行使について義務・制裁を課している(三三条、三六ないし三八条)。同意入院に関しても、法三三条は「精神病院の管理者は、診察の結果精神障害者であると診断したものにつき、医療及び保護のため入院の必要があると認める場合において、保護義務者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を入院させることができる。」と定めている。これは、同意入院が精神障害者の意思にかかわらずその身体を拘束するなど人権に関わるものであることから、同意入院の要件を厳格に定め、その要件の認定・判断につき「管理者」が自らの責任において慎重にすべきことを要求している趣旨である。

法の右趣旨からすれば、精神障害者の同意入院については、診察・診断はさておき、少なくとも入院の必要性の認定は「管理者」により行われることが要件とされていると解すべきであり、例え、他の勤務医が診察・診断を行ったにしても、その結果を検討し、「管理者」自らその責任において入院の必要性の判断を行わなければならない(東京高裁昭和六〇年三月二七日判決・判例時報一一六〇号―七八頁参照)。

従って、本件同意入院の手続においても、被告病院の管理者(丙沢太郎医師、理事長兼院長)には、その責任において原告の入院の必要性についての認定・判断を行うべき職務上の注意義務があったのにもかかわらず、原告の診察・診断はもとより入院の必要性の認定までも、全て被告病院の勤務医であったN医師によって行われ、管理者自らはこれらに全く関与していなかったことが明らかである(証人N、弁論の全趣旨)。

右によれば、被告病院の管理者は、本件入院手続に関して法三三条に基づく職務上の右注意義務を怠り、原告を閉鎖病棟に入院させて身体を拘束した違法がある。従って、被告医療法人は不法行為による責任を免れない。

二争点1の(二)、(三)(診断・認定のための情報収集を十分尽くさなかった違法及び自由な同意)について

1  前記認定のとおり、本件入院に際して原告を診察・診断したのは被告病院のN医師であり、同医師が右診断の資料としたのは、(イ) 本件入院措置直前の昭和五七年四月下旬、相談のため初めて来院した被告乙川からの二時間余の事情聴取、(ロ) 入院処置をしに原告方に赴いた際の原告との面接による診察のみであった。

しかも、前記第三の一、6、7に認定の事実及び同二の入院措置の経緯に照らせば、N医師は、(イ)の事情聴取によって、直ちに原告を精神分裂病とほゞ断定的な診断を下し、同時に同意入院による入院の必要性も認定・判断し、被告乙川にその旨明確に告知し、数日後入院措置の目的で原告方に赴いて、原告の弁解や被告乙川以外の者の話を聴取することなく、いきなり入院させたという経緯にあることが明らかである。

(ロ)に際して、N医師が、先にした自己の診察・診断を確認する診察目的をも併有していたであろうことも首肯しえなくはないが、同医師の(イ)においてした精神分裂病との診断及び同意入院の必要性の認定はほゞ断定的なものであったから、(ロ)の際の診察目的は、単なる確認的、副次的なものに過ぎなかったし、その診断・認定も(イ)での判断に強く影響されて予断、先入観を持ってされたことが窺われる(<書証番号略>)。しかも、その際、N医師は精神病棟入院措置のためという真実を隠蔽して原告を診たのであり、原告から弁解を聴く気持ちなどなかったことは明白である。

N医師が、本件入院措置の前提として原告の診察・診断並びに本件同意入院の必要性の認定・判断の資料としたもの、ないしは右判断等のために調査・検討した事実は、他にない。

2  右に従えば、N医師の原告に対する診察・診断並びに本件同意入院の必要性の認定・判断は、殆どが(イ)の際に被告乙川から聴取した前記事情を唯一の資料とし、これに依存して行われたと言うほかはない。

(イ)の際、被告乙川が原告の異常行動としてN医師に説明した具体的内容は前記第三の一、6記載の①ないし⑭のとおりの各事情であった。

なお、被告らは、右のほか、被告乙川がN医師に原告の異常行動として説明した具体的事実として、原告の夫婦・親子関係での愛情の欠如や冷酷さ、原告の一方的生活態度により、同被告が子二人と納屋に隠れて生活をした事実、来客中全裸で風呂から出てきたこと、新品のズボンの裾を短く切って履き街へ出たこと等々の事実も指摘・主張し、それに沿う証拠(<書証番号略>、証人N、被告乙川第一回)もある。

しかし、その記載状況及び内容から、(イ)の際に被告乙川がN医師に事情説明した内容をほゞ網羅しかつ克明に記載されたと推認される診療録(<書証番号略>)には前記①ないし⑭の事実しか記載されていないこと、同医師の右の証言時期及び陳述書作成の時期が(イ)の時から五年余も経過してのことであり、一五〇人もの入院患者を診ていて多忙を極めていた同医師が、右診療録に記載のない事実を五年以上経過後もなお記憶していたとは考え難く、本訴提起後に被告乙川から同医療法人代理人に宛てられた原告の異常行動に触れた手紙(<書証番号略>)が作成され、更に被告乙川の陳述書(<書証番号略>)が提出され、その後にN医師の証言がされ、陳述書(<書証番号略>)が提出された経緯からして、①ないし⑭以外の事実に触れた同医師の証言等は、被告乙川の右手紙や陳述書によって得られた情報と混同して証言、記載された可能性が強く窺われることなどに照らすと、①ないし⑭以外の前記事実については、(イ)の際にN医師に説明された事実ではないと考えるのが自然であり、被告らの右主張及び証拠は採用しない。

3  ところで、前記同意入院の要件である精神障害者の診察・診断及び入院の必要性の判断は、入院措置前に所与の資料・情報に基づいて、事前に行われねばならず、事後的に要件が補充・補完がされたとしても、当初の入院措置から補完時までの違法状態を適法ならしめるものではない。

従って、本件同意入院の必要性等の要件の判断は、入院措置前にN医師が聴取していた資料、即ち右の①ないし⑭の各事実のみを前提としてされているはずであるから、その当否の判断も右各事実を前提に行うべきものといえる(尤も、前記(ロ)に際しての同医師が感じたプレコクス・ゲフュールもその診断補完の資料とされてはいるが、これが(イ)の診断に影響されたものとして重視すべきでないことは、前記1のとおりであり、<書証番号略>によっても肯認しうる。)。

4  そうして、N医師は、右①ないし⑭の事実のうち精神分裂病と見られる顕著な症状として、特に⑫の事実を挙げ、車の故障の責任を被告乙川に転嫁して責め、バックという非常に危険な状態で同被告に車を牽引させたことが、妻に対する被害妄想による攻撃的行動であること、更に、②のような了解不能の行動があること、③は精神分裂病の両価性とみられる矛盾行動であること、⑤の灯りをつけたままでないと眠れぬのは、暗闇で幻覚、幻視が出ていて怖いためであり、精神分裂病患者に多く見られる症状であることなどを指摘している(同医師の証言)。

(一) なるほど、⑫の事実の存在自体は原告も自認しているが、牽引の態様は、被告乙川が運転してきたライトバンの後部に原告の故障車を後向きに連結し、その故障車の運転席には原告が乗車して後向きで操作し、同被告がライトバンを前向きで運転し、その状態で約一キロ先の原告の会社事務所まで牽引したというものであった。原告は、右の故障原因を同被告が日頃よくその車に乗りドアーを開けたままにするなどしたためにバッテリーがあがって故障したものと解釈し、車の停車状態からこれを前向きにするのに手間取る状況にあったことも重なって、腹立ちまぎれに右態様で運転させたものであった。ここで後向きで運転するという困難な操作をしたのは原告であり、同被告は途中危険を感じたこともあったと述べてはいるが、無事牽引を完了した(以上、<書証番号略>、原告及び被告乙川第一回)。

右に照らせば、確かに右事実は奇異で危険を伴う行動であるが、これを被害妄想的行動と一概に評価できるかは疑問の生じるところである。そうして、N医師は、被告乙川から右の牽引の態様を正確に説明されず、また、三キロもの道程を運転させられたとやや誇張された話を聞かされ、極めて危険な運転態様を原告が求めたものと理解し、これを診断の資料とした節も認められる(<書証番号略>、証人N)。

(二) ②の了解不能の行動(冷蔵庫に靴、スリッパ、ビニール袋を入れた件)についても、原告はこれを自認するが、正確にはスリッパを入れたビニール袋を冷蔵庫に入れたという態様であり、原告は、その動機について、被告乙川には度々注意するのに原告の食料をきちんと買って冷蔵庫に入れていないことが重なって、大人気ないとは思いながらもつい感情的になり、同被告の気を引くためにやったことと供述している(原告及び被告乙川―第一、二回―。なお、靴については確証はない。)。

(三) ⑤の灯りをつけたまま寝た件についても、原告は一、二回あったことを自認し、海外に行って浮気をしたため被告乙川に疾しい気持ちがあって精神的に不安定であったためと弁解している。また、原告は不眠に悩まされ、常時、精神安定剤や酒を借りて寝ついていた事実もあり(原告本人)、無意識に灯りをつけたまま寝た可能性も窺えなくもない。

(四) ③の吝嗇性と無駄使いについては、通常人でもよくあり得る事柄であり、これが精神障害の総合的評価の一資料とはなりえても、社会一般的に見て精神分裂病の顕著な症状としてとりたてて挙げる程の事情かは疑問が生じるところである。

5  右の事実に照らせば、前記①ないし⑭の事実のうちのその余の事実は勿論として、N医師が精神分裂病の顕著な症状として特段に指摘する原告の右各行動ですら、必ずしも了解不可能なものとまでは言えないのではとの疑問があり、少なくとも、同医師が原告が述べる右動機や弁解、その態様などを事前に事情聴取していた場合に、原告を精神分裂病と即断したかについて疑問が生じるように思われる。

特に、本件は慎重に対応すべき同意入院の場合であったから、同医師としては、診断及び入院の必要性の認定前に、了解不能と見た原告の奇異な行動の真偽、その動機、態様、理由なりについて、本人なり被告乙川以外からも事情聴取したり他の手段で検証するなどにより、これらを確かめるべきであったと理解される(<書証番号略>も、医師を含めて一般に、了解可能か否かの尺度や何を常識とみなすかには多分に個人差があり、また、平均からの逸脱に対しての許容度も同様で、人の言動が「了解不能」であるから精神分裂病という診断の進め方は危険である旨指摘している。)。

6  更に、証拠(<書証番号略>、鑑定、原告)によれば、鑑定人阿部医師は、被告乙川の説明や本件の入院カルテ等(<書証番号略>)の評価にかかるが、原告が過去ないし本件入院措置を受けた当時において、精神分裂病であった可能性を全くは否定できないが、精神分裂病と紛わしい性格的な偏り(人格障害)であった可能性もあるとしつつも、同医師が診察した所見からは精神分裂病とは判断できない旨、また、鑑定時には漠然とした被害念慮はあるが妄想といえるまではっきりしたものでなく、幻覚もないから精神分裂病ではないと考えるのが妥当である旨の判断を示していること、原告は、それ以前の昭和六一年二月ころ他の精神医療施設で受診したが、その診断結果も精神分裂病を否定していること、原告は、被告乙川と離婚後三人もの女性と結婚・離婚を反復しているものの、他に特段奇異な行動もみられず、精神科医師の診療を受けたり精神病に関する薬を服用した事実もなく、事業も継続して運営していることが認められ、原告は、本件で入院して一年弱で途中退院するも、その後少なくとも七、八年経過した時点において精神分裂病の症状が発症していないことが明らかである。

7 以上の事実、特に右の5、6の各事情及び本件が慎重な対応を特に要求される同意入院の手続によったことを考慮すれば、N医師において、前記のように他からの事情聴取や検証等を行うなどして、より慎重に診察・診断等の手続を取るべきであったものと解するのが相当であり、同医師ひいては被告病院には右の点で落度があったというほかはない。

8 加えて、同意入院の制度は本人の意思に反して行う強制入院の一態様であるから、その「入院の必要性」を認定するには、単に本人が精神障害者であることのみに止まらず、いわゆる自傷他害の虞がある場合はもとより、妄想、幻覚あるいは強い興奮状態にあって、その結果危険な行動にでる可能性が窺われることも必要な要件と理解される(厚生省公衆衛生局長通知―衛発第六五九号参照)。

しかるに、N医師は、右の意味での入院の必要性を判断した理由として、「原告が精神分裂病の状態にあり、原告を放置すると家庭が崩壊するのでそれを防いでやりたかった。入院させれば完治はしないが社会復帰の可能がある。」などと証言しているものの、反面、入院後も明確かつ体系的な幻覚・妄想状態を原告の症状に発見したわけではなく、それらは漠然としたもので、攻撃性も特に顕現しなかったし、被告乙川に対する被害念慮もまた漠然とした域のものと証言するに止まる。また、入院診療録(<書証番号略>)にも原告のはっきりした妄想、幻覚の記載はない。

他方、本件入院措置当時における原告の家庭や職場における行動にも、特段に自傷他害的というべき言動も見られず、せいぜい朝寝するとか、家族への愛情に薄く夫婦関係が円滑でなかった(そのため言葉で被告乙川に当たり散らす程度であった。)とか、社会的にやや孤立していたとか、行儀や食事の取り方がやや常識はずれであったとか、海外で浮気したとかの行動が見られた程度に止まり、家族や他人に暴力沙汰に及んだり、拒食するなどの行動が認められたわけでもない(原告、被告―第一、二回)。N医師が、被告乙川から告げられた事実のうち原告の最も攻撃的行動ととらえた前記⑫の事実さえ、それほどに評価すべきことであるか疑問があることは前説示のとおりである。

9 右の事情に照らせば、N医師の前記理由をもっては、精神障害のための治療自体の必要性はさておき、原告を家族や社会から隔離して、急遽、一方的、強制的に入院させる意味での必要性、切迫性、要保護性があったものとは考えられない。同意入院により強制的に原告を隔離病棟へ入院させる必要性の有無を判断する医師としては、右の判断においては、他の手段による調査・検討を行ったり、事実の評価や判断をより厳格に行うなど、より一層慎重な態度で臨むべきであったと解される。同医師には、右を怠り、被告乙川の説明のみによって原告の同意入院における右の意味での「入院の必要性」を認定・判断した点にも落度を認めざるを得ない。

以上の各事実を総合し、7と9に判断したN医師の各落度を合わせ考慮するとき、同医師には、原告主張の本件過失を肯定することができる。

三争点2(損害額)について

以上によれば、原告の同意入院について診察・診断・入院の必要性の認定に関するN医師の措置には過失を認めることができ、更に、入院の必要性の認定に関する被告医療法人の手続には前記一のとおりの法違背の行為があって、これら行為と原告の身体を拘束した本件入院との因果関係を否定できないから、被告医療法人は同被告固有の不法行為及び被用者であったN医師の過失によって原告に生じた損害を賠償する責任を免れない。よって、以下に原告の被った損害について検討する。

1  休業損害について 四六八万円

原告の収入については、原告の昭和五七年度及び五八年度の給与所得の収入金額がいずれも七八〇万円であったとする福岡市東区々長の証明(<書証番号略>)、及び原告が原告経営の会社から取締役報酬として原告分として月額六〇万円、被告乙川名目で同じく二〇万円(実際は被告乙川に払われず、原告が取得していたものとする。)を得ていたという被告乙川の供述がある外は、右収入を証明する証拠はない。従って、原告の給与所得による年収については右所得証明の額を採用し、本件による休業期間を入院させられた日(昭和五七年五月五日)から事業に復帰した日(昭和五八年五月下旬)(原告本人)までの間約一年間とし、入院期間中の入院費用や子供の養育費等は被告乙川が負担したこと(被告乙川第一回)を考慮すると、その間の原告の生活費相当分を右から控除するのを相当と認め、その割合を四割と評価して計算すると、原告の右休業による損害は次の算式により四六八万円となる。

780万円×1年×(1―0.4)=468万円

2  慰謝料について  四〇〇万円

原告は、前記認定の経緯・態様によって、精神病棟に一一か月余の間強制的に隔離入院させられ、拘禁生活や薬物の服用を余儀なくされたこと、その間の事業経営にも影響を及ぼし或は社会的に人格や名誉が損われたこと、原告には少なくとも精神障害と紛らわしい精神状態があったことは否定できないこと、前記認定の事実に現れたN医師や被告医療法人固有の過失の程度、その他諸般の事情を考慮するとき、本件不法行為により原告が被った精神的損害を慰謝するに相当な金額は四〇〇万円をもって相当と認める。

四争点3(被告乙川の責任)について

1  確かに、証拠(<書証番号略>、原告、被告―第一、二回)によれば、従前から原告と被告乙川の夫婦間の愛情は薄かったが、特に本件入院の数か月前は、原告が事業上のことで精神不安定な状況になって同被告に当たり散らすなどすることもあって、夫婦仲がかなり悪い状態にあったこと、原告が朝帰りしたことなどから被告乙川が原告の浮気を疑ったりしていたこと、同被告は、原告を入院させた事実を原告の父母、兄弟などに一切隠し、その照会に対しても米国旅行中などと虚偽の返事をして隠し通そうとしたこと、同被告も原告経営会社の取締役に名を連ね、経理等を手伝っていたが、原告の入院中は、その中心となって右会社を運営し、その間会社の預金からかなりの金額を引き下ろし、子供名義の預金に替えたり、一部使途不明金を出したことなどが認められ、本件入院について被告乙川に原告主張のような悪意を疑われるような事情もなくはなかった。

2  しかし、他方、証拠(<書証番号略>、証人N、原告、被告―第一、二回)によれば、被告乙川は、本来原告の言動を過大、神経質に受け止め、解釈する性癖があったこと、原告の精神障害を疑い入院させるまで、N医師のほか三人の医師にも相談したが、皆同様に精神分裂病を肯定する話を聞かされていたこと、特に、当初N医師から精神分裂病とのほゞ断定的な診断結果及び入院の必要を告げられた帰途、なお万一を慮って更に他の病院を訪ねて脳神経外科医師の意見をも徴し、更に翌日原告が日常掛かりつけていた近所の医師にも精神安定剤の副作用ではないかなどと相談していること(これらについて被告乙川は、もしかして別の病気ではとの気持ちから相談したと供述している。)、被告乙川は、原告の実家や身内を頼りにしておらず、本件入院も自己の責任で一切を処理しようと決意して行動したことなどが認められ、被告乙川が原告の本件診察・入院について、一応真摯に対応したことを窺わせる状況も否定できない。

3  従って、右事実を考慮すれば、前段に認定の各事実をもってしても、被告乙川に本件入院に関する原告主張のような悪意があったものと判断するのには躊躇を覚えざるを得ない。また、専門医の診断・認定に従った被告乙川にこれらについての過失を認めることも困難である。

(裁判官川本隆)

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